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なぜ名作と同じ名前に?今村聖奈×ジュウリョクピエロが背負う「重力」と、その先の春

「春が二階から落ちてきた。」
伊坂幸太郎の小説『重力ピエロ』の書き出しです。ミステリーを含んだストーリー、家族愛+遺伝子の謎にちなんだ事件、伏線回収のあでやかな文章に引き込まれた人も多く、全国の書店員が「いちばん売りたい本」にもノミネートされた作品です。
この小説が公開されてから数年後、2026年5月24日、東京競馬場の直線で、それとよく似たことが起きました。ジュウリョクピエロという名の栗毛の牝馬が、22歳の女性騎手を背に、人馬一体となり駆け抜けていきました。
競馬ファンが気になったのは、配当の話や初の女性ジョッキーの快挙の話ではありませんでした。「この馬の名前はどこから来たのか」「この二人は、それぞれどんな道を歩んできたのか」という問いでした。

今回の記事では、そのすべてに丁寧に答えていきます。
運命のゴール 2026年オークスという「事件」

クラシックとは何か、という話
少しだけ予備知識を補足させてください。
競馬の世界で「クラシック」と呼ばれるのは、3歳限定の格式ある重賞レース群のことです。牝馬(メス)の場合は桜花賞・オークス・秋華賞の3戦を「牝馬三冠」と呼びます。年に一度しか挑めない、一生に一度の大舞台です。
今村騎手にとって、2026年のオークスはクラシック初騎乗でした。その初めての舞台で、いきなり頂点に立ってしまったのです。それだけで、どれほど規格外の勝利なのかが伝わると思います。
女性騎手がG1を勝つまでに、何年かかったか

JRAに女性騎手が初めて誕生したのは1996年のことです。そこから30年、女性騎手は重賞を勝ち、世代を越えて挑戦を続けてきました。それでも届かなかった場所が、G1という頂点でした。
その壁が、2026年5月24日に初めて破られました。
今村聖奈(いまむら せいな)騎手がジュウリョクピエロに騎乗し、オークス(G1・東京2400m)を制覇。JRA所属の女性騎手として、史上初のG1勝利を達成しました。しかも今村騎手にとってはクラシック初騎乗。二重の「女性騎手史上初」が、同時に達成されたのです。
ゴール直後、彼女はなにを叫んだか

JRAが公開したジョッキーカメラには、そのすべてが収められていました。
ゴール板を一番で通過した瞬間、「ワーッ!」と絶叫。直後にルメール騎手から声をかけられると「サンキュー」と応じ、すぐまた「やった~」「やばい」「勝ってもうた」と本音がとめどなく溢れ出しました。
興奮が少し落ち着いてきたころ、今度は馬に向かってそっと話しかけます。
「ありがとう」「やった、ピエちゃん」「アンタ一番格好いいわ」「今、皆アンタのこと見てるで」22歳の女の子が、相棒に向けてつぶやいた言葉です。
計算された喜びじゃない。だから刺さった。
今村聖奈という人間 実は競馬一家の「二代目」
父もジョッキーだった。でも、娘の才能は別次元だった
少し話が遡りますが、今村聖奈騎手の生い立ちを知ると、このG1勝利の意味がさらに深くなります。
今村聖奈は2003年11月28日生まれ。父の今村康成氏は元JRA騎手で、現在は栗東の飯田祐史厩舎に所属する調教助手です。
今日は聖奈と聖奈パパの3人でスパちゃんの勝ち祝いしてきました😁
— TTTTT (@Tiumauma) July 20, 2022
お馬さんの乗り方とかめっちゃ深い話できて楽しかったしめちゃくちゃ良い親子で見てて羨ましかったわ🤣#テイエムスパーダ#CBC賞#今村聖奈#今村康成
お父さんのハッシュタグは需要ない?
笑 pic.twitter.com/OjfBmoQ3fx
幼い頃から馬の匂いのする環境で育ち、2018年にJRA競馬学校騎手課程(第38期生)に合格。2022年に競馬学校を卒業して、騎手免許を取得しました。
「競馬一家の二代目」という言葉は、時にプレッシャーの代名詞になります。父の背中を追いながら、父を超えなければならない。そういう宿命を背負って、彼女はスタートラインに立ちました。
少し脱線:ジョッキーという職業の「過酷さ」について

ここで少し寄り道をさせてください。
ジョッキーという仕事の大変さを、馬に乗ったことがない人に伝えるのはなかなか難しいのですが、こんなふうに想像してみてください。
プロボクサーのように毎週体重管理をしながら、F1ドライバーのような瞬時の判断力を求められる。しかも相手は「ハンドル」のない500kgの生き物です。騎手の仕事には、それだけの重さがあります。
話を戻します。
デビューイヤーの51勝という数字が意味すること

2022年のデビュー年、今村騎手は年間51勝を挙げ、女性騎手の年間最多勝記録を更新しました。ルーキーでの50勝超えも、女性騎手史上初の快挙でした。重賞初騎乗で初制覇という記録もこの年に生まれています。
しかし、その後は苦しい時期が続きます。2023年には騎乗停止(30日間)を経験し、2024年には落馬による右足負傷・右肩脱臼手術でデビュー以来最少の6勝にとどまりました。
華々しいルーキーイヤーの陰に、こういう時間があったということ。プレッシャーを一人で飲み込んできた年月があったということ。それを知ったうえでオークスの勝利を振り返ると、「ワーッ!」という絶叫の意味がずっと重くなります。
ジュウリョクピエロという馬 北海道の牧場から始まった物語

生産地・新ひだか町と「飛野牧場」という場所
ジュウリョクピエロは2023年2月26日生まれ。北海道新ひだか町の飛野牧場で産声を上げた、栗毛の牝馬です。
突然ですが、新ひだか町という地名を聞いて、あのドラマを思い出した方もいるかもしれません。北海道の牧場を舞台にした「ロイヤルファミリー」です。
人間と馬が紡ぐドラマが、あの広大な風景から生まれていました。フィクションと現実は別ですが、同じ土地からG1馬が誕生したというのは、なんとなく感慨深いものがあります。
話を戻します。
馬主は近藤健介氏、調教師は栗東の寺島良師。北海道の牧場でひとつの命が生まれた瞬間、この馬がオークスを勝つ姿を想像できた人間は、世界に一人もいなかったはずです。
父オルフェーヴル×母父ゼンノロブロイという「設計図」

少し専門的な話になりますが、血統とは馬の「走り方の設計図」のようなものです。どんな距離が得意か、どんな馬場で力を発揮するか、気性はどうか。そういったことが、両親から受け継いだ遺伝子の中にある程度刻まれています。
ジュウリョクピエロの父はオルフェーヴル(2008年産)。三冠馬にして、凱旋門賞で世界を相手に戦った名馬です。爆発的な末脚と、強烈な個性を産駒に伝えることで知られています。
母ハッピーヴァリューは母父ゼンノロブロイという配合で、スタミナと距離適性の高さを引き出す設計になっています。
この「設計図」が、オークス2400mでどう発揮されたか。実際のレース映像を見ると、直線の伸びが別格だとわかります。
デビューから忘れな草賞まで「扱いにくい名馬」の軌跡

ジュウリョクピエロのキャリアは、順調な一本道ではありませんでした。
2025年9月28日、阪神競馬場のダート1800m新馬戦でデビュー。鞍上は今村聖奈騎手で、2着に3馬身半差をつけて初勝利を飾りました。しかしその後、重賞挑戦では結果が出ず、しばらく別の騎手が手綱を取る時期が続きます。
転機は2026年1月4日、今村騎手が再び騎乗した芝初挑戦のレースでした。単勝7番人気の最低人気にもかかわらず、勝利。その後の忘れな草賞も制して、オークスの有力候補として急浮上しました。
「一度離れた相手が戻ってきたら最強だった」という展開は、どんな物語でもドラマになります。
少し脱線:「扱いにくい馬」の話
実はこの馬、パドックで気性が高ぶりやすい個性を持っています。馬具でテンションを抑える必要があり、発汗も激しかったことから「恐怖のパドック」と称されるほどでした。
今村騎手はそれを知りながら、冷静に折り合いをつけてレースを運んだ。人間側が馬に合わせにいく、その姿勢がこのコンビを成立させているのだと思います。
話を戻します。
最大の謎 なぜこの馬は「小説と同じ名前」なのか

伊坂幸太郎の小説『重力ピエロ』とは何か
2003年に発売された伊坂幸太郎の小説『重力ピエロ』は、兄と弟の兄弟が主人公の物語です。
「不条理な運命を、笑いながら跳ね返す」というテーマが貫かれており、作中には母親が競馬場でトラブルに巻き込まれる場面も登場します。
オークスの翌日、このことがSNSで一気に広まりました。「重力ピエロ」がネット書店から在庫消滅。Amazonでは「一時的に在庫切れ・入荷時期は未定」と表示され、RakutenブックスやセブンネットショッピングでもWeb在庫が消えました。
一頭の競走馬が、20年以上前の小説を再びベストセラーへと押し上げたのです。
オーナーが授けた名前 その「深い想い」を読む
競走馬の命名には、文字数制限をはじめ細かなルールがあります。その制約の中で、馬主の近藤健介氏が選んだのがこの名前でした。JRAの公式データには馬名意味として「重力+ピエロ」と記されています。
オーナーの命名意図は公式には明かされていません。ただ、小説のテーマである「どんな重力にも負けず、笑いながら飛ぶ」というメッセージは、厳しい勝負の世界を生き抜く競走馬の姿と確かに重なります。
女性騎手として常識を書き換えてきた今村聖奈と、最低人気から這い上がってきた牝馬。二人が「重力ピエロ」という名前のもとで結びつくのは、偶然にしてはできすぎています。
伊坂幸太郎本人の反応

そして、小説の作者本人もこの物語を目撃していました。
新潮文庫編集部によると、伊坂幸太郎氏はオークス当日テレビでレースを観戦しており、「感動しました」というコメントを残していたといいます。
自分の小説の名を冠した馬が、歴史を変える瞬間をリアルタイムで見ていた。これほどの「物語の完成」は、そうそうあるものではありません。
今村聖奈×ジュウリョクピエロが描く未来
「折り合い」という言葉の意味

馬と騎手の「折り合い」について、少し説明させてください。
競馬における折り合いとは、馬と騎手のリズムがシンクロした状態のことです。
社交ダンスのペアをイメージするとわかりやすいかもしれません。どちらかが力んだ瞬間、ステップが乱れます。お互いの呼吸が合う相手を見つけることが、最も難しくて最も大切なことです。
ジュウリョクピエロと今村騎手の場合、新馬戦で出会い、一度別れ、再び引き寄せられた。その経緯が、二人の「折り合い」を特別なものにしているように思います。
秋華賞へ向けて 重力の先にあるもの

オークスを勝った牝馬に待つのは、秋の牝馬三冠最終戦・秋華賞です。桜花賞・オークス・秋華賞の3冠制覇は、牝馬競走の頂点に立つことを意味します。
「重力を一度跳ね返した」次は、「重力の中で繰り返す」ことへの挑戦になります。このコンビが秋にどんなレースを見せるのか、今から楽しみで仕方がありません。
まとめ:今村聖奈×ジュウリョクピエロ「春が、直線から舞い降りてきた」
小説の書き出しをもじるなら、こうなります。「春が、東京の直線から舞い降りてきた。」
今村聖奈は競馬一家に生まれ、記録を塗り替え、落馬と手術を乗り越えてあの舞台に立ちました。ジュウリョクピエロは北海道の牧場で生まれ、ダートから芝に転向し、名作と同じ名前を授かって東京を走りました。
二人のルーツを知ると、あのゴールの意味がもう一段深くなります。
書店から本が消えたことが、この物語のスケールを物語っています。一頭の競走馬が、オーナーの想いが、22歳の騎手の意地が、競馬を見たことのない人の心まで動かした。そういう週末が、2026年5月24日にありました。
この秋、ぜひもう一度この名前を覚えておいてください。ジュウリョクピエロ。重力に逆らって飛ぶ、栗毛の牝馬の名前です。

